伊東玄朴
いとうげんぼく

資料解説

幕末の医者・蘭学者で、我が国の近代西洋医学の導入と定着に大きな業績をあげた人物です。寛政12年(1800)に神埼町仁比山に生まれています。シーボルとの鳴滝塾で本格的に蘭学を学んでいます。江戸に出て蘭方医として開業、象先堂という蘭学塾で人材育成を行うとともに、医療正始などの蘭書翻訳出版も多く手掛けています。佐賀藩により公式種痘の成功に尽力、江戸で蘭方医らとともにお玉ヶ池種痘所を設立し、我が国最初の予防医療活動を行っています。蘭方医としては始めて将軍奥医師となり、医官最高の法印となり西洋医学の導入と定着に先駆的な役割を果たしています。

speaker_notes基本情報

資料の分類 歴史文化遺産 > 人物 > 資料に見える人物 > 文学者 > 医者
名称 伊東玄朴(いとうげんぼく)
所在地 神埼町 的 仁比山
場所
年代 江戸 寛政12年 (1800年)
年代根拠 文書記録による
指定区分 --
資料番号 7472

speaker_notes詳細情報

構造特徴・概要 神埼町仁比山に寛政12年(1800)に生まれる、幕末の医者・蘭学者で、蘭方医として初めて将軍奥医師となり、その後医官最高の法印となる。牛痘種法の導入を佐賀藩主に建言、その後佐賀藩による最初の種痘の成功となる。江戸にてお玉ヶ池種痘所を設立し、予防医療の先駆的医療活動を行う。この種痘所が西洋医学所となり後の東京大学医学部となる。16歳の時に地元の漢方医古川左庵に学び、19歳で自宅に帰り開業する。22歳の時、佐賀の蘭方医島本良順に師事し蘭学を学ぶ。
現状
背景・由来・伝承
特記事項
規模
材質
製作・建立者
祭・行事
祭神・宗派
銘文

※1、※2

※1 実際は、多くが縦書きですが、都合上、90度回転させて横書きで表記しています。
※2 ■で表記されている文字は、調査では判明しなかった文字です。

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